会計事務所にとって高付加価値経営は、事務所収益にも人材定着・確保・活性化にも必須となるテーマです。人的サービスが中心のビジネスモデルでどのように高付加価値経営を実現していくか、その為に取り組むべき3つのテーマをお伝えします。
ご自身の事務所の方向性を見出して頂きたいと思います。是非お読み下さい。
高付加価値化3つの展開軸とは?
会計事務所が高付加価値経営にシフトしたいと考えたとき、まず時間的なハードルが出てきます。「今の仕事で忙しく手一杯」「納期に追われて大変」といった類のハードルです。
ですから、高付加価値経営にシフトするためには、その為の時間を捻出するためにルーチンワークを極力減らすことが重要になります。
次いで、正職員さんの高付加価値化の具体的な方法論が必要になります。
会計事務所では顧問先の要求に合わせて顧問料の範囲で様々な業務を請け負うという機会損失が発生しているケースもあります。
その機会損失を無くすことから取り組む事が必要な場合もあります。
法人顧問の場合、高付加価値化の具体策は経営支援型サービスが適切である場合が多いものです。経営者が適正な対価を支払っても良いと感じる経営サービスの事ですから、当然スキルアップを伴うものです。
また、会計事務所は手を動かして付加価値を稼ぐというビジネスモデルですから、何か成果物を提供しないと企業に貢献した気がしないという特性があります。素晴らしい顧客構造を活かして、経営者の役に立つ手を動かさないサービスも検討すべきです。
以下、詳しく見ていきましょう。
ルーチンワークを極力減らす
ルーチンワークとは、繰り返し発生する日常業務の事を指します。
会計事務所におけるルーチンワークとは、「資料入手」「会計入力代行」「移動」の他、一見知的業務とみられる「税務監査業務」も同じ会社の同じような毎月の処理の間違いを探しているというルーチンワークとしての要素が含まれます。
このような業務の時間短縮を図り、超ローコストにするための切り口は3つあります。
(1)自動化
昨今のクラウド会計の台頭は、会計処理の自動化を促す流れを生んでいます。
現段階で普及しつつある自動化は以下の通りです。
●AI・クラウド会計
特定の証拠書類が過去のデータから類推され仕訳が自動で提案されるような仕組みや、請求書の発行から自動で売上・売掛金が計上され、かつネットバンキングデータの取り込みで自動で消込みされるような仕組みが出来ています。
●OCR(Optical character recognition:光学文字認識)
紙の情報をOCR技術でデータ化される仕組みも出現し、手書きからの識字率が90%を超えるシステムも出来ています。
●RPA(Robotic Process Automation)
特定のデータを望む場所に自動でコピぺするような機械的指示ができるRPA(により、システムを作れない人にもシステム上にあるデータの自動的な処理が実現できるようになりました。
まだ一部の事務所での取り組みではありますが、このようなIT技術や仕組みを有効に使い、業務の自動化を進めルーチン業務を超ローコスト化する動きが加速しています。
(2)アウトソーシング
ルーチンワークをアウトソーシングする事でローコスト化する方向性です。
従来からある代表的なアウトソーシングは「会計入力の代行サービス」でしょう。
それも様々なモデルが出てきています。
●海外のマンパワーを活用したモデル
●国内の地方人材を活用したモデル
●受託後、可能な限り既述のIT技術を駆使した代行モデル
●テレワークを活用した代行モデル
今のところ会計入力のアウトソーシングがメインだと思いますが、今後は
●取引内容の確認
●資料送付・不足資料の督促
●会計システム等へのQ&A
など様々な会計事務所業務のアウトソーシングが進んでくる可能性があります。
アウトソーシングの単価は一見高く見えるように思われますが、正社員による業務の場合、「採用」「教育」「給与・関連人件費」「家賃」「システム」などのコストがかかっており、「採用した人材が育たずに退職した」といったコストを加味すると案外アウトソーシングの方がメリットがある場合も多いものです。
(3)やめる
やめる、という切り口で最近増えているのが次のような業務です。
●来社面談
●ネット会議面談
これは訪問面談のための「移動工数をゼロにする」目的で導入が増えています。
ネット会議は、普及率が高いskypeの他にZOOMなどの機能性の良いシステムが増えてきて更に便利になってきています。
実は、来社面談やネット会議面談を導入する副次的効果があります。それは「雑談が減る」という現象です。資料の事前共有による時間短縮の他、面談時間も効率的になるのです。
勿論、フェイスtoフェイスの大切さもあります。社長の奥様やお母様との雑談も関係性の維持という点では大事かもしれません。それはそれで移動途中に別途少しお伺いするなど、代替え案もあると思います。
また資料のやりとりも、会計事務所専用のグループウェアのデータ共有システムでやり取りしたり、dropboxなどの汎用的なデータ保管システムを活用する例も増えてきています。
このように、会計事務所のルーチンワークを「可能であればゼロ」に、それが難しくても「超ローコスト」にする動きは会計事務所高付加価値化の為に必要不可欠な取り組みになると思われます。
正職員は高付加価値業務にシフトする
(1)機会損失をなくす
会計事務所の強みであり、かつ弱みになっている点が「顧客の意向に沿って何でもサービスしてしまう」という習慣です。
●本来顧問先が行うべき契約となっているにも関わらず「記帳の代行」をしてしまう
●「中途半端な自計化」の修正代行
●売掛金の妥当性の検証(突合)
●手形管理の代行
●経営管理のために社長が見たい資料の作成
●銀行への提出資料の作成
このような税務顧問サービスに関連する「本来顧問先が行うべき業務」を「無償で提供」しているという体質です。
顧問料が高い水準の時代ならそれも許容できますが、顧問料の維持が容易でなくなる時代にはそのような事では工数削減など程遠い話になってしまいます。
換言するとそのような体質は、頂くべき収入を逸する「機会損失」を生んでいると言わざるを得ません。
この問題の解決には「サービスのメニュー化」と「無償サービスの有償化」が不可欠です。
「サービスのメニュー化」とは、
●提供するサービスを項目に分け
●それぞれのサービスにプライスを付ける
という事です。
「無償サービスの有償化」とは、
●メニュー化されたサービスとそのプライスに添って
●顧客に商談を行い適正な価格に修正して頂く
という事です。
但し、顧問先との交渉、即値上げと容易にはいきません。
例えば本来顧問先が行うべき記帳を代行している場合、再度経理処理のレクチャーをして、一定期間自社で実施してもらい、それでも難しい場合は「記帳代行というメニュー」を採用してもらい然るべき料金を頂くという期間を置いた取り組みが必要です。
この取り組みをして頂いた多くの事務所では、顧問先の納得を得ながら顧問料の機会損失を無くす事(増収)に成功しています。
生産向上性については関連記事「生産性向上の考え方と時間分析」をご覧ください。
(2)経営支援(MAS)への取り組み
これまで会計事務所では、顧問先の成長(取引数の増加)や高収益化の結果、顧問料が上がってきました。また反面顧問先の経営が悪化すれば顧問料を下げざるを得ない事もありました。これは言わば、「顧問先の経営力に依存した経営」とも言えます。
これからは、「顧問先の成長や高収益化を支援」する事により、その結果として顧問料が上がっていくような取り組みをすべきだと言えます。「顧問先育成型の会計事務所」を目指すべきではないかと思います。
会計事務所は、
●経営活動の事実が記録された仕訳や証拠書類
●顧問先が置かれている経営環境
●組織の現状
などを知り得るポジションにいます。
その情報を社長と一緒に解析し、より良い経営をするサポートをすれば必ず企業の業績は良くなります。
業績が芳しくない企業の業績改善はもとより、成長可能性の高い企業の確実な成長経営の実現の支援、事業承継期の企業の後継者育成や陳腐化したビジネスモデルを作り直す支援も可能です。
このような取り組みで企業業績の向上とともに会計事務所の収入も増える事になります。
会計という武器を制度会計だけでなく、管理会計に活用する支援をするだけで「顧問先育成型会計事務所」というスタイルで増収が可能なのです。
更に、顧問先を育成できる会計事務所は顧問先からの口コミ紹介が増え、その実績を見た地域の銀行などからの紹介も増え、顧問先の新規拡大にもつながっています。
(3)MAS担当者だけでなく、監査担当者も経営支援力が必要に!!
これまでMASは一部の経営支援に関心の高い監査担当者が取り組んだり、専任のMAS担当者を配置してサービス提供するというのが一般的でした。
しかし、多くの会計事務所が「経営支援力」をPRし、その事で新規拡大をはかる傾向にあり、普通の監査担当者も一定の経営支援力を持つべき時代になったように感じます。
MASには、大きく4つのレベルがあります。
●レベル1
財務数値(勘定科目レベル)の計画と目標管理・行動管理を通じて顧問先の経営
者と「経営の会話」が行えるレベル
●レベル2
セグメント会計(PⅬの内訳明細や部門別損益)やKPI(key performance indicator:業績評価の重要管理指標)を活用した計画と目標管理・行動管理を行えるレベル
●レベル3
上記のデータをもとに、ロジカルに課題形成をし、傾聴力を駆使して改善を推進
できるレベル(改善アイデアを引き出すコーチングサービス)
●レベル4
新たなビジネスモデルやマーケティング再構築の支援ができるレベル
普通の監査担当者も、できればレベル2、少なくともレベル1の経営支援ができるようになる事で、他の事務所と大きな差別化になり、新規顧問先拡大や高付加価値経営に貢献することになります。
所内にレベル3以上の経営支援ができる職員さんがいれば、他の職員さんがレベル1・レベル2に引き上げる支援をできる仕組みを構築すると良いと思います。
詳しくは関連記事「MASを会計事務所のビジネスモデルに組み込む価値」をご覧ください。
手を動かさないキャッシュポイントを増やす
会計事務所は、試算表・決算書・申告書及び付帯資料の作成といった「成果物」をつくる為に手を動かして顧問料を頂くビジネスモデルです。
このビジネスモデルは、顧問先との関係性を構築しそれを維持するためにとても有効なものですが、その反面「顧問先が増えるほどマンパワーが必要」になるモデルです。
今後、会計事務所が高付加価値経営を志向する場合、ひとつの重要な視点が「手を動かさないキャッシュポイントを増やす」という点です。
しかしそれは全て「顧問先の経営課題の解決につながり」「顧問先が大変満足する」という視点が不可欠です。顧問先の経営課題の解決につながる、いわば「課題解決型フィービジネス」をビジネスモデルに組み込むのです。
課題解決型フィービジネスを設計する手順は以下の通りです。
(1)顧問先を導くゴールを描く
まず必要なのは顧問先を導くゴールを設計しましょう。
とは言え、様々な業種・規模の顧問先があり導くゴールは多様かもしれません。
その場合は、顧問先をグループ化してそれぞれのゴールを設計すべきでしょう。
例えば、新設法人中心の会計事務所で、「年商1億円の達成」といった顧問先を導くゴールを設定したとしましょう。そうすると税務顧問サービスだけでそのゴールに導く事は難しい事に気づきます。
●受注構造の構築に必要な人脈の提供
●資金安定化の為の融資支援
●財務計画とモニタリング
が必要かもしれません。
また、例えば財務の状態が芳しくない年商2~5億円程度の企業が多い場合、「経常利益率10%の達成」といったゴールを設定したとしましょう。
既述のMAS以外にも、
●コストダウンサービス会社の紹介
●経営状態をミエルカする為のシステム会社の紹介
など、機会損失の低減に向けた優良なサービスを紹介する必要があるかもしれません。
顧問先をどのような状態に導きたいのかという「ゴール」とそれに「必要な課題解決策」を考えると新サービスが生まれ、それを自ら提供するのではなく、「優良な企業とタイアップして提供していく」という視点で検討されるとよいでしょう。
(2)課題解決型フィービジネス
課題解決型のフィービジネスのカテゴリーは次のようなものが考えられます。
①コストダウン系
最近は様々なコストダウンサービスを展開する企業が増えています。コピーや消耗品・光熱費削減はもとより、店舗に必要なBGMやマットモップ、家賃削減、保険料削減等々、コストに関するデータベースを駆使してコストダウンを実現する優良サービスを提供する企業です。このような企業とパートナー契約を結び、診断・対策を実施してもらいパートナー企業が得た利益の一部をシェアしてもらうモデルです。
②マーケティング・セールスプロモーション系
中小企業では、最適なHPやwebマーケティングが出来ていないケースが多いものです。また、マーケティング支援会社の品質や価格は千差万別で良し悪しの判断がつきにくく、高い買い物や不良サービスにお金を費やしている中小企業も多いものです。
会計事務所がそのような業者の評価を行い、最適なマーケティング支援企業を顧問先に紹介し、その利益の一部をシェアしてもらうモデルです。
③システム系
企業が年商1億円を超えてくると末端の経営状態が見えなくなり最適な経営情報管理ができるシステムが必要になります。システム開発のコストは大変わかりにくく、中小企業ではなかなか最適な判断ができません。また顧問先のあらゆる業界でもクラウド化が進み、どのクラウドを選択すべきか判断に迷うケースも多いものです。
本当に信頼でき適正価格でサービスを提供するシステム会社を選択し中小企業に紹介するのも重要な役割だと思います。
④労務・人事・組織系
中小企業の経営者にとって人に関する悩みは尽きません。労務対策はもちろん、採用・育成・活性化の為の優良なコンサルタントをご紹介できるのも重要な役割だと思います。
私見ですが、人事・組織コンサルは大手コンサル会社が良いとは言えず、中小企業の実態を理解し、現実的な支援ができるコンサルを選ぶことが重要です。
⑤金融系
融資支援はもはや当たり前のサービスだと思います。これからはクラウドファンディングも進化したり、オンラインのファクタリングサービスも増えて資金調達の多様化が進むと思います。それらの業者を研究し最適な情報を提供するのも重要な業務になると思います。
金融機関からのフィーは難しいと思いますが、成功報酬などの形で企業からフィーを頂く事は出来ると思います。
最後に
会計事務所の保有資源を活かし顧客に貢献する高付加価値経営
会計事務所は顧客構造という素晴らしい経営資源と社会的な信頼性があります。
ルーチンワークを極力減らし、顧問先企業の経営メリットを提供するような、高付加価値業務や課題解決型フィービジネスを加味すれば、他の業界にない高付加価値経営が実現します。是非一度、今後の事務所のビジネスモデルをじっくりとご検討頂きたいと思います。